大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和28年(ワ)2793号 判決

原告 荻野一愛

右代理人 高井忠夫

被告 中城隆次

右代理人 渡辺酉蔵

主文

被告は原告に対し、中野区江古田四丁目百六十三番地所在、家屋番号同町八十五番の弐、木造亜鉛葺平屋店舗二戸建一棟、建坪二十坪の内道路より向つて左側の一戸十坪及びこれに附設新築の建物六坪五合を明渡し、昭和二十八年四月二日以降右明渡にいたるまで一ヶ月金四千円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

理由

原告が本件建物の所有権を有すること、原告がその主張の日被告に対しこれを店舗用として賃料一ヶ月四千円の定めで賃貸したこと、被告が賃貸借契約当時本件建物に附設せられていた六坪五合の建物を取壊し、その同一部分に新しく同様の建物を新築したことは、当事者間に争がない。

よつて先づ本件建物に元附設した建物が何人の所有に属していたかの点について判断するに、

証人芹沢正夫、深野竹次郎、柴川芳江の各証言、及び被告本人尋問の結果を綜合すれば、右附設建物は訴外本件建物の前賃借人芹沢正夫が本件建物の道路より向つて左側を利用しその側面から直接、ひさしを下し、そのひさしを屋根とした建物であつて本件建物と別個の建物ではないのみならず本件建物の一部となり独立の存在性のないものと認められる。右認定を覆すに足る証拠はない。

然らば右附設の建物は民法第二百四十二条によつて本件建物の所有者に属したものというの外はない。

被告は此の点について右附設建物は被告が訴外芹沢から買受けたのであるから、被告の所有に属しないものであると主張するが、仮りに右売買があつたとしても、前述の如く右附設建物について、独立の存在性が認められない以上、本建物の所有権と離れて別個の所有権の客体とはなし得ないので、その売買は所有権の帰属に影響をもち得ない。而して成立に争のない甲第一、第八号証証人柴川芳江の証言によれば当時右建物の所有者であつた柴川芳江は原告に対し本件建物を有形のまま譲渡した事実を認められるので右附設部分も当然原告の所有に帰したものというべきである。

而して被告が前記附設建物を取壊し新たに附設新築した建物についても、原、被告の本人訊問の結果や本件口頭弁論の全趣旨によれば、前記芹沢の附設した建物と同一場所に同様の状態で附設されて居ることが推認されるので、前述と同様の理由によつてこの新なる附設部分も原告の所有に属するものと認定する。右認定を覆するに足る資料はない。

次に被告は右取壊し改築について原告の同意があつた旨抗争するのでこの点を判断するに、

原告本人訊問の結果によれば原告が右同意を与えたとの事実は到底認められず、また被告主張のように被告が原告に権利金一万五千円を支払つたのは、被告への賃貸が新たな契約だからであり、又賃料を前借家人芹沢に対するその二倍の四千円に値上したのも、右芹沢の賃借は本件建物の前所有者当時より断続したものであるし被告とは新な契約であるから、原被告の間で時価に相応せしめて四千円としたことが認められる。そして、かような事は敢て稀有の例とも称し得ないから、右権利金の徴収賃料値上の事実を以て前記店舗改造の同意のあつたものと推定するの資料とはなし得ない。此の認定に反する被告本人訊問の結果は信用し難く他に原告の同意を肯定するに足る資料はない。

よつて次に被告の前記既存附設建物の取壊し、及び新たな附設建築をなしたる行為が賃貸借契約に違反する背信行為なりやについて判断するに、

原告本人訊問の結果とその陳述により真正に成立したと認める甲三号証証人千田正一の証言と弁論の全趣旨を綜合すれば被告の前記取壊しと新たな附設建築は原告の制止を無視したものであることはもちろん、その申告に基いて中野区役所のなした工事中止の処分やまた建築履行禁止に関する仮処分の執行をも敢えて犯して完遂せしめたものであることを認定し得る。よつて被告の行為は賃貸借における信託関係を破ること甚しい行為であることは明らかである。而して原告がその主張の日被告に対し右行為を理由として、書面を以て本件契約解除の意思表示をなし、それが到達していることは当事者間に争がなくこの意思表示に当り被告に対し賃借建物を原状に回復せよとの解除の前提たる催告はなされていないが本件の如く賃借人の甚しい背信行為に対しては、特に一般に賃貸借が当事者の深い信頼関係に基礎をおくべきものなることを考慮すれば、賃貸人は前記の催告を要せずして直に契約解除をするもその解除は有効であると解するのが相当である。また被告は原告の本件解除権の行使を権利の濫用であると事実摘示のように抗争するが、かような事実を認むべき少しの立証もないので採用の限りではない。

然らば本件賃貸借契約は右意思表示が被告に到達した昭和二十八年四月二日を以つて解除せられたものであるから被告は主文記載の建物を原告に明渡す義務がある。

しかして又、本件建物の賃料は店舗用として一ヶ月四千円の約定あることは前認定の通りであるから反証のない限り相当賃料額と認むべく従つて被告は原告に対し右解除の日以降本件建物明渡に至るまで一ヶ月四千円の割合による損害金を支払う義務がある。

よつて被告に対し以上各義務の履行を求める原告の本訴請求を正当としてこれを認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 柳川真佐夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例